あやとり

真っ暗だ。何も見えない。ピアノを引き続き弾いても、ところどころ間違えて不協和音を奏でることしかできない。少し楽しくなって、やがて飽きてしまった。床に転がっているスマホを取り上げ、ポケットにしまい、部屋から出た。廊下も真っ暗だ。ブレーカーでも落ちたのだろうか。暗闇に慣れた目を頼りにブレーカーを確かめる。しかし、落ちていない。停電だろうか。玄関から外に出てみると、闇が広がっていた。向かいの家も、隣の家も、そのまた隣の家も、明かりがついていない。街灯も息をしていなかった。スマホTwitterを開く。タイムラインに流れていたのは、真っ暗な世界に怯えている声ばかりだった。

「なんでどこも電気ついてないの!?」「コンビニも使えない!!」「一体どうなってるんだ…​…​」「スマホの充電ヤバい」

充電という言葉で気がついた時には遅かった。スマホは死んでしまった。充電し忘れていたのだ。もう情報を手に入れることも、誰かに助けを求めることもできなくなってしまった。心細くなった。誰かいないのか、周りを見渡しながら歩いた。暫く歩いていると、髪の長い女の人が上を向いて立っていた。人を見つけた安心感で白いため息がでた。駆け寄ると女の人はこちらを向いた。

「こんばんは」

「よかった、僕だけかと思った」

「空」

「え?」

女の人が、上を指した。その先を見ると、星座を見つけられないほどの星が、たくさん散りばめられていた。砂粒をまき散らしたようなそれは、降り出しそうな勢いを感じた。僕は息を漏らした。女の人がクスっと笑う。

「素敵だね」

「…​…​これからどうすればいいんですかね」

「そうだね」

「このままずっと、電気がつかなかったら」

「でも、それも良いかなって」

「…​…​わかります」

「綺麗だよね」

「とても」

「新しい星座作らない?」

「なんですかそれ」

「だって、オリオン座がどこにあるかわからないんだもの」

「確かに」

「じゃあ、あれとあれ!」

「どれですか、わからないんですけど」

「難しいね」

彼女は楽しそうだった。強がりには見えなかった。これからの絶望を忘れさせてしまうほど、彼女の名前を聞くのも忘れるほど、息をすることさえも忘れそうなほど、美しい満天の星空が僕らを見下ろしていた。